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大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)4266号 決定

申請人 国

代理人 西川賢二 前田順司 一志泰滋 山野義勝 ほか六名

被申請人 大島要 ほか二二名

決  定

当事者の表示は別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の頭書仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

一  申請人が被申請人平田英治を除く被申請人らに対し各金五〇万円の保証を立てることを条件として、被申請人平田英治を除く被申請人らは、申請人に対し、別紙物件目録二記載の建物部分を仮に明け渡せ。

二  申請人のその余の申請を却下する。

三  申請費用は、申請人と被申請人平田英治を除く被申請人らとの間においては、申請人に生じた費用の二三分の二二を右被申請人らの負担とし、その余は各自の負担とし、申請人と被申請人平田英治との間においては全部申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

被申請人らは、申請人に対し、別紙物件目録二記載の建物部分を仮に明け渡せ。

二  被申請人大島、同吉光、同鈴木、同神原、同山田、同片岡直也、同吉岡、同福井、同金井、同花房、同林、同浜淵、同水野、同片岡明宜、同中村、同原忠、同広部(以下総称して「被申請人大島ら一七名」という。)

本件申請を却下する。

第二当裁判所の判断

一  被保全権利

1  宮山寮の所有関係と被申請人らの占有

別紙物件目録一記載の建物(以下「宮山寮」という。)が、申請人の所有に属し、国有財産法三条二項の行政財産のうち公用財産(同項一号)として同法九条一項及び文部省所管国有財産取扱規程二条、四条、五条により大阪大学の長(大阪大学総長)がこれを学寮として管理し、同規程六条、七条、大阪大学国有財産取扱規程四条により同大学学生部長が右管理事務を補助執行しているものであること、被申請人平田を除く被申請人らが、同物件目録二記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)に居住するなどして同建物部分を共同して占有していることは、申請人と被申請人大島ら一七名との間では争いがなく(但し、右占有の形態が共同占有であるとの点は除く。この点は疎明資料によつて一応認められる。)、申請人とその余の被申請人らとの間では疎明資料によつて一応認められる。

ところで、被申請人平田の本件建物部分に対する占有の有無について検討するに、疎明資料によれば、被申請人平田は、以前宮山寮に寮生として居住していたことがあり、昭和五四年二月に退寮した後も、同寮に在住する知人を訪ねて、昭和五七年三月以前は一か月平均約一ないし一・五回、同年四月以降は少し回数が増え、多いときには一週間に三、四回も来寮し、時には同寮に宿泊することもあつたことが一応認められるが、これによつても、被申請人平田が本件建物部分を占有していると推認することは困難であり、しかも、疎明資料によれば、同被申請人は、昭和五四年二月に宮山寮から大阪府豊中市原田元町一丁目一番一八号所在のアパート「翠苑文化」に転居し(転居の届出は同年五月七日)、それ以来現在に至るまで同所を住居としており、宮山寮内には私物を一切置いていないことが一応認められるのであるから、被申請人平田が本件建物部分を占有しているということはできず、他に同被申請人が同建物部分を占有していることを疎明するに足りる証拠はない。

2  被申請人平田を除く被申請人らの占有権原

被申請人大島ら一七名は、憲法及び教育基本法の諸規定並びに大学における学寮の設置目的、同学寮の性格などに照らして、入寮選考を含む寮生の自治が保障されていること、また、大阪大学においては、入寮選考及び入寮者の決定を寮生側が行うという確固たる慣行が成立しており、しかも右慣行は憲法等の理念に裏打ちされたものであることからみて、寮生ら(具体的には寮生らから選出された委員からなる寮委員会)は入寮者の選考及び決定の権限を有するものというべきであるところ、被申請人平田を除く被申請人らはいずれも正当な寮委員会の入寮手続によつて入寮を認められたのであるから、右被申請人らが宮山寮に居住することは法的保護に値し、したがつて右被申請人らは本件建物部分について占有権原を有する旨主張する。そこで、以下、右の主張について検討を加える。

(一) 被申請人らのうち大阪大学の学生の身分を有しない者ら(被申請人平田を除く。)について

疎明資料によれば、被申請人金井、同花房、同林、同浜淵、同水野、同片岡明宜、同中村、同原忠、同広部は、いずれも大阪大学を卒業もしくは中途退学し又は除籍され、現在大阪大学の学生の身分を有しないことが一応認められる。宮山寮は大阪大学に学生として在籍する者のための学寮であるという性格上、また、大阪大学学寮規則三条に「寮生は、本学生に限る。」と明確に規定していることに徹すれば、大阪大学を卒業もしくは中途退学し又は除籍された者は、その時点から在寮資格及び在寮権原がなくなり、かつ新たな入寮も許されなくなることは当然のことであるから、大阪大学の学生の身分を有しない右被申請人らについては、被申請人大島ら一七名の前記主張が理由のないことは明らかである。

(二) 被申請人らのうち大阪大学の学生の身分を有する者らについて

疎明資料によれば、被申請人大島、同原省吾、同吉光、同大野、同鈴木、同萩原、同谷井、同神原、同山田、同豊島、同片岡直也、同吉岡、同福井は、いずれも大阪大学の学生の身分を有し、寮生らのいわゆる自主選考に基づいて宮山寮に入居したものであることが一応認められ、右被申請人らが大阪大学総長又は同大学学生部長から宮山寮への入寮許可を受けていないことは、申請人と被申請人大島ら一七名との間では争いがなく、申請人とその余の被申請人らとの間では疎明資料によつて一応認められる。

ところで、宮山寮が国有財産(行政財産)であること、前記法令や学内規則により、大阪大学総長がこれを同大学の学寮に供して管理し、同大学学生部長に右管理を補助執行させていることは既述のとおりであり、疎明資料によれば、大阪大学学寮規則六条には、「入退寮は、学生部長が別に定める規程に基づいて決定する(一項)。前項の規程は、学生部長が学寮代表の意見を聴いて定める(二項)。」と規定していること(但し、右規則にいう入退寮についての規程は未だ定められるに至つていない。)が一応認められる。

そこで被申請人大島ら一七名の前記の主張について検討するに、同人らは、寮生らが宮山寮の入寮者を選考し、それを決定する法的権限を有するとし、憲法及び教育基本法の諸規定をその根拠として主張するもののようであるが、学生が憲法二三条の保障する大学の自治の主体の一つであるか否かについてはさておき、憲法二三条、二六条等の規定あるいは教育基本法の諸規定を根拠として寮生らが右法的権限を有すると解することは困難である。

なるほど、大学生は、教育研究の場としての大学の不可欠な構成員として、自らの利害に関わる学園の問題について一定の発言権を有すると考えられることや、学寮が教育施設の一環として、学生の民主的自治能力涵養の場でもあることなどからすれば、入寮者の選考を含む学寮の運営を寮生の責任ある自治に委ねることは合理的なものであるとも考えられ、また、疎明資料によれば、宮山寮への入寮者の選考・決定については、いろいろな紆余曲折があつたものの、例年、大学当局と寮生の代表からなる寮委員会とが入寮者の募集について話合いをしたうえ、その年度の実施要領等を決定し、これに基づいて右寮委員会が実際の入寮者の選考に当り、学生部長はその結果を尊重し、右選考を経た入寮希望者に「入寮許可証」を交付するという方法が慣行として行われていたことも一応認められるが、右に述べた大学生の地位や学寮の性格、右慣行から直接寮生らの前記権限を導き出すこともまた困難である。

そうすると、結局、被申請人大島ら一七名が主張するように、寮生らが入寮者を選考・決定する固有の法的権限を有し、寮生らが行つた入寮者の選考が右の権限に基づくものとして、宮山寮の管理主体であつて、同寮の管理について最終的な責任を負う大阪大学総長及びその補助執行者である同大学学生部長の意思及び決定に優越し、その限度で大阪大学総長及び学生部長の同寮に関する管理権限を排斥すると解する根拠はないといわざるをえない。

したがつて、大阪大学の学生の身分を有する前記被申請人らは、寮生らのいわゆる自主選考に基づいて宮山寮に入居したものであるとしても、大阪大学総長及び学生部長からの入寮許可を受けていない以上、同寮に在寮する権原を取得するに由なく、右被申請人らについても、被申請人大島ら一七名の前記主張は理由がないといわなければならない。

以上のとおり、被申請人平田を除く被申請人らには、いずれも宮山寮に在寮する権原、したがつて本件建物部分についての占有権原を認めることはできない。

3  よつて、申請人は、被申請人平田を除く被申請人らに対し、宮山寮の所有権に基づき本件建物部分の明渡請求権を有する。

二  保全の必要性

疎明資料によれば、次の各事実が一応認められる。

(一)  被申請人らのうち大阪大学の在学生である被申請人大島、同原省吾、同吉光、同大野、同鈴木、同萩原、同谷井、同神原、同山田、同豊島、同片岡直也、同吉岡、同福井は、大阪大学当局が昭和五一年度以降宮山寮の入寮募集を停止していることを、同大学当局からの通知や寮生の説明等によつて周知していたにもかかわらず、同寮に入居し、本件建物部分を占有しており、その余の被申請人平田を除く被申請人らは、同大学を卒業するなどして在寮権原を有しないことが明らかであるにもかかわらず、依然として同建物部分に居住し続けてこれを占有しているところ、被申請人平田を除く被申請人らは、同大学職員や警備要員(ガードマン)がその職務上同寮に立ち入るのを拒否したり、同寮の出入口に下駄箱等でバリケードを築くなどして、同大学当局が同寮を管理することを半ば不能にしている。

(二)  被申請人平田を除く被申請人らのうちのいずれかの者は、昭和五七年四月中旬、大阪大学の管理要員が勤務する部屋の窓に黒い塗料を吹き付けたり、同年四月下旬及び同年七月中旬の深夜、ガードマンが駐在する部屋の窓目がけて、石やビール瓶を投げ付け、あるいは右部屋に花火を投げ入れたりするなど、そのいきさつはともかく非行といわれても仕方がないと思われる所為を行つた。

(三)  大阪大学当局は、宮山寮に同大学当局が入寮許可あるいは承諾を与えた者が昭和五七年四月一日以降いなくなつたことを契機に、同年四月五日同寮に対する電気及びガスの供給を停止した(この事実は、申請人と被申請人大島ら一七名との間では争いがない。)が、被申請人平田を除く被申請人らは、この事態に対処するため同年四月中ごろ寮内に自家発電機を持ち込み、これを既存の配電設備に接続して右被申請人らの居室に送電したり、またプロパンガス設備を持ち込んで自炊等に使用していたところ、同年五月七日午後七時過ぎころ、本件建物部分のうちのB棟二〇九号室において、寮外生の原田圭輔が右自家発電機に燃料のガソリンを注入する際、明かりをとるために近づけたライターの火がガソリンに引火して火災が発生した(被申請人平田を除く被申請人らが、自家発電機及びプロパンガス設備を寮内に持ち込んだこと、火災が発生したことは、申請人と被申請人大島ら一七名との間では争いがない)。この火災は、幸いぼやのうちに消し止められ、右寮室の床板及び側壁等の各一部を焼損しただけで大事には至らなかつたが、被申請人平田を除く被申請人らは、その後も自家発電機とプロパンガス設備の使用を続けており(この事実は、申請人と被申請人大島ら一七名との間では争いがない。)、火災後自家発電機の設置場所やその管理の態勢につき一定の工夫をしたことは認められるものの、依然として火災等発生の危険性がなくなつたとはいえない状態にある。

(四)  大阪大学には学寮への入居を希望しながら入寮できないでいる多数の学生があり、宮山寮の入寮募集を早期に再開する必要性が存するところ、前記認定の慣行のような方法によつて早期に入寮募集、選考を行うことは、大学当局と存寮する者らとの信頼関係が極度に破壊されていることに照らして非常に困難であり、他方、大学当局が、右の者らとの合意をせずに現状のまま入寮募集を再開するときには、一層の混乱を招くことが予想される。

右(一)ないし(三)に認定したような、被申請人平田を除く被申請人らが宮山寮中、本件建物部分の占有を開始し、あるいはこれを継続したいきさつ、右被申請人らの同建物部分占有中の行動、申請人らの宮山寮に対する管理の状況、同寮の保安上の問題点などを総合考慮すると、被申請人平田を除く被申請人らの本件建物部分に対する権原のない占有は、もはやこれ以上黙認、放置できない事態に立ち至つているといわなければならず、また、右(四)認定の事実に照らせば、被申請人平田を除く被申請人らが、申請人に対し本件建物部分を明け渡し、これを申請人の管理に委ねることが、結局、早期に入寮募集を再開することに通じると考えられるのである。

以上述べたところによれば、本件仮処分については、保全の必要性を肯認することができるというべきである。

なお、被申請人らのうち在学生である者らは、本件仮処分申請が認容され、これが執行されれば、生活の本拠であり勉学の場でもある住居を失うことにはなるが、疎明資料によれば、申請人は、大阪大学の厚生課奨学掛を通じて学生向きの下宿やアパートを斡旋する用意がある旨表明していること、被申請人大野、同片岡直也、同福井については、自宅からの通学も可能であることが一応認められ、これによると、右在学生の者らは比較的容易に右の不利益を回避しうると考えられるから、右事情は本件仮処分の必要性に影響を及ぼさないというべきである。

三  結論

よつて、申請人の本件仮処分申請中被申請人平田を除く被申請人らに対する申請は、いずれも理由があるから、申請人が右被申請人らに対し各金五〇万円の保証を立てることを条件として、これを認容し、被申請人平田に対する申請は、被保全権利についての疎明がなく、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないから、これを却下し、申請費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 竹原俊一 平井治彦 佐々木洋一)

当事者目録、物件目録、別紙図面一ないし四<略>

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